Friday, April 22, 2005

東京都写真美術館でかんがえる

ブログのくせに一体いつになったら更新されるのだ!?と思ってしまうくらい全く手をつけていなかったが、今日からなんとか少しづつでも書いてゆこうと心に決める。

主に写真のあれこれについて書くつもり。ということで早速。

先日、東京都写真美術館に行ってきた。B1の「スペインの現代写真家10人展」からF3の開館10周年特別企画展「写真はものの見方をどのように変えてきたか」まで合計3展を4時間ぐらいかけてゆっくりとみる。

まずは特別企画展から。
映 像を定着させる事に対する純粋な喜びが表れていて、自分が写真を始めて頃にやったピンホールカメラを思い出した。 展示用の額のガラス1枚を隔てた向こうに、100年前の撮影風景や被写体との関係が定着という より、むしろリアルに動いて見えた。まるで違う時間軸が今も流れているみたいに。
当時は定着までに8時間も要したが、その間の撮影者と被写体の関係、時間の流れ、全ての関係がすず合金に定着した映像に移り込む。
同じ場所で当時使われていた機材や、風刺画なども展示されていて、なにより最近興味のある日本の写真史については大いに参考になった。
またウイリアム・ヘンリー・フォックス・タルボット(英)が出版した世界初の写真集「自然の鉛筆(The Pencil of Nature)のレプリカがみれたことも嬉しかった。

続いてスペインの現代写真家展。
は いるとまず10枚のポートレートがお出迎え。なんてことない普通のポートレイトだ。ありきたりといえてしまうかも知れない。しかし作家の丁寧な仕事、 センスの良さや、技術力の高さがうかがい知れる。情景や表情がうまく撮れている。僕のたんなる好みの話になってしまい僭越だが、本来ぼくはポートレートの 類はあまり好きではない。構図も単 調だし、その写真表現に1つの完成型を見てしまうからかもしれない。そういうのは自身の中に秘めておきたい。
しかしそれにはとても感動した。人の顔を写しただけなのに、その人の見ているスペインの町並みが確かに見えた。
 
会場はモノクロもカラーもほぼ等しい割合で展示されている。最近自分でとる写真といえば主にカラーだ。
僕は写真を撮り始めて、まるで魔法でも使えた気でいたのだろうか。表現に対する感動がいつの間にか自分の中で陶酔に変わっていた。それに迷いも重なって、異常に自分の主観を表現に組み込もうとしていた。
で もそれではダメなのだと思う。もちろん作家が真摯につくりあげたものは時として人 に、言葉にもできないような驚きを人に与える。しかしその結果自体に作家が酔っていては、なんとも陳腐は作品になってしまうだろう。ときには馬鹿みたいな 勢い もつけ加えて、緻密な計算や鋭い洞察力をもって作品とはつくりあげていくものなのだと僕は思う。

そんな気持ちを、表すのに写真をカラーにしただけでずいぶんと楽になった。それは何かを表そうとするときに色彩が手助けになったのかもしれない。

いつか友人に「君は映像の表層の美しさを留めようとしているのだ」といわれたことがある。まさにその通りなのだ。まずそこからはじめようと思う。
初めて会う人の、第一印象もようなものなのだろう。少し遅い発見でした。

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